2016年7月6日水曜日

TPPで食の安全・安心は守れない-第1回「TPP寺子屋」(後編)



TPPテキスト分析チームは2016年6月20日、連合会館501会議室にて連続学習会「TPP寺子屋」の第1回を開催。農産物市場アクセスと食の安全・安心について議論した。前編では、食の安全・安心についての分析を報告する。

報告:山浦康明(TPPに反対する人々の運動、明治大学)


世界に冠たる日本のBSE検査が廃止へ


 政府のQ&Aでは、「食の安全が脅かされることはない」との説明がある。本当にそうなのか、条文に照らして今後どうなるかを話したい。食の安全はTPP協定の第7章「衛生植物検疫(SPS)措置」、第8章「貿易の技術的障害(TBT)」が関わってくる。私の印象では、TPPに入ることによって、日本の食品安全行政はますます後退していくと結論づけたい。政府は「SPSの条文は、今の日本の安全基準を緩和するものではないから大丈夫だ」と言うが、そうではないことを説明する。

これまで、日本のBSE(狂牛病)対策は、世界に冠たる、最も厳しい対策だった。全頭検査で、市場に出る前に屠殺場で頭部の延髄閂(えんずいかんぬき)部を取り、異常プリオンがないかチェックして問題のない牛を、翌日の競りにかけるという対策をとってきた。これが、今はなくなってしまった。また、特定危険部位(SRM)を食べることは問題であり、他の動物の餌に回すことは危険だということで、SRMは完全除去してきた。これが、段々と緩和されてしまい、最新の状況では「BSE検査 原則廃止へ」との記事(2016618日、日本経済新聞)が出ている。

TPP24日に署名されたが、その前後に、政府はBSE検査の対象となる牛の月齢を狭めてもよいのではと諮問し、内閣府の食品安全委員会が検討していた。その結果、617日に、生後48か月超の国産牛のBSE検査を廃止しても大丈夫だとの評価結果をまとめたのだ。これまで、若い牛は異常プリオンが溜まらないので大丈夫との理由で、高齢の牛を検査対象にしてきたが、食品安全委員会はそれすら廃止すると決めたということだ。

TPP・二国間並行協議でアメリカの圧力が背景に


 食品安全委員会は安全性評価機関なので、独立した科学的な答申を出すための機関とされる。食品安全委員会の答申を受けて、管理機関である厚生労働省は、今後、BSE検査を廃止する方向に動く。一連の背景には、アメリカの圧力があったと思われる。米通商代表部(USTR)は、貿易障壁報告書(※1)で「日本がいまだにBSE検査を行っているのは問題であり、アメリカが輸出する際の障害となっている」ということを、毎年言ってきていた。日本政府はアメリカのこの要求を受け入れ、食品安全委員会に諮問し、答申したということだ。

BSE問題は決して過去の話ではなく、世界でまだ発生している。これまでのSRMや肉骨粉由来でない、「非定型」のBSEもアメリカやカナダで発生している。まだまだ慎重に対応しなければならないのに、日本政府はこのような結論を出してしまった。

食品安全委員会は、2003年にBSE問題をきっかけにしてできた独立した科学的評価機関とされ、その中でプリオン専門調査会というBSEを検討する調査を13人ほどで検討していた。設置当初は慎重派の研究者も半数ほどいたが、政府があまりにアメリカの言いなりの要求をしてくるので、座長代理が抗議と思われる辞任をして、半分ほどの委員もそれに追従して辞めてしまった。現在は慎重派の科学者がいない。今年2月の答申が、アメリカの要求通りになるのは必至であった。このように、BSE対策の後退には、アメリカの圧力があるということである。

TPPを考えるうえでは、条文を読むだけではわからないことが多い。特にアメリカにとっての関心事項は、日本がどれだけ門戸を開放するかということであり、二国間並行協議の合意文書(※2)が重要になっている。その中で、日本側は大幅に譲歩していて、BSE問題についても、アメリカの要求をそのまま受け入れ、特定危険部位(SRM)の骨由来のゼラチンやコラーゲンの輸入規制も、二国間協議により解禁となった。 

1THE 2016 NATIONAL TRADE ESTIMATE REPORT2016年、米国通商代表部(USTR))
p238. “The United States continues to urge Japan to fully open its market to  U.S.  beef  and  beef  products  from  animals  of  all  ages,  consistent  with  recognition  by  the  World  Organization for Animal Health (OIE) of the United States as a country with negligible risk for BSE.”
 
2016USTR外国貿易障壁報告書(日本関連部分概要)(20165月、外務省)
p1.
「米国は引き続き,日本がOIEにおける米国の評価と整合させるべく,全ての月齢の牛及び牛製品を受け入れ,市場を完全に開放するよう働きかけていく。」

2保険等の非関税措置に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の書簡(内閣官房TPP政府対策本部)


未承認の遺伝子組み換え作物を突き返せない


遺伝子組み換え作物の承認、拡大も懸念される。TPPの条文本体にも書かれているほか、二国間協議でアメリカの要求もある。アメリカの圧力だけでなく、内閣府の食品安全委員会の姿勢そのものも、遺伝子組み換え容認側に変わってきたということも問題である。

3月に開催された食品安全委員会の遺伝子組み換え問題を考えるシンポジウムで、「新開発食品専門調査会」の委員は、「遺伝子組み換え作物を栽培してそれを食べれば、飢餓を救うことができる。これからの食料不足に有効だ」と明確に述べている。また放射線照射は日本でじゃがいもの芽止めに使われているが、「衛生管理のための放射線照射も有効である」と発言している。食品安全委員会の姿勢とTPPの条文の中身は、同じ方向を向いていることがわかる。

これまで、未承認の遺伝子組み換え作物が入ってきた場合、日本は輸出国に突き返してきたが、TPPでは第2章第27条で「未承認の遺伝子組み換え作物の紛争処理手続きを設ける」ことがはっきり書かれている。微量混入した場合に、輸出国と輸入国の間で協議するとなっている。違法なものを輸出してきた国に突き返すということは、主権国家である日本の当然の権利であり、こんな手続きは本来必要ないはずだ。その前に話し合いをするとなれば、当然、アメリカの圧力で譲歩を迫られるはずだ。

さらには、輸出国であるアメリカは日本では違法となっている遺伝子組み換え作物を、「早く承認せよ」と申請することができる手続きも書かれている。第2章(内国民待遇及び物品の市場アクセス)の第27条には、こうした圧力をかけて、日本に違法なものを合法にすることができるということが書かれている。このように、遺伝子組み換え作物の承認をどんどん拡大していくということは容易に考えられる。

イラスト/Super-kiki

科学的な危険性を証明できなければ規制できない


現在、日本の市場で流通する認可された遺伝子組み換え作物は、とうもろこし、大豆、菜種、綿の4種類。世界には、てんさい、アルファルファ、パパイヤ、ズッキーニ、なす、りんご、小麦、鮭などにおいて、遺伝子組み換え技術が開発されている。そうした遺伝子組み換え作物の範囲拡大を「だめだ」と拒否できなくなるようなルールが第7章にもある。

7章「衛生植物検疫(SPS)措置」に書かれていることは、簡単にいえば、輸入国が「嫌だ」と言うためには、科学的な危険性を完全に証明しないと規制できないという論理。これを「リスク分析」主義という。遺伝子組み換え食品が危ないのであれば、「証明しろ」ということだ。すでに、予防原則的に慎重な科学者によって、遺伝子組み換え食品を食べたことによって病気やストレスが増えたという分析・結論も出ている(映画「遺伝子組み換えルーレット」が詳しい)が、それ以上に推進派の科学者は「問題ない」と言う。このように、グレーゾーンが多くあり、悪いとも良いとも結論づけられていない問題のなかで、「食べたくない」と思う消費者もいる。TPPの条文には、それを認めないという、狭い科学主義、リスク分析主義が書かれており、「黒だ」とはっきり言えないと断れないという論理がまかり通っている。

日本の食品安全委員会そのものが推進側なので、市民団体や消費者団体がそれを突き崩すことは、非常に困難になってくる。

食品添加物の拡大、機能性表示食品の拡大も……


食品添加物の承認拡大についての懸念もある。米通商代表部(USTR)は外国貿易障壁報告書で、国際的に広く使われている「国際汎用食品添加物」は、「アメリカでも認められているので日本でも早く認めろ」と何度も要求してきた。結果として、日本は甘味料のアスパルテームや、ポストハーベスト農薬のOPPTBZ、イマザリルも承認してきた。それ以外にも、こうした要求をTPPの条項で米国の要求を認めている。ポストハーベスト農薬については、これまで日本では農薬としての安全基準と食品添加物としての安全基準があるため、2回のチェックが必要となっていた。TPPの二国間協議では、これを「1回にしろ」と言われて「はい、そうします」と約束してしまった。

その他、日本の食品産業の要請でもあるトクホ(特定保健用食品)について述べたい。例えばある烏龍茶は、肉と一緒に飲んだときに肉の脂分の吸収を妨げて体外に排出する機能があるだけで、飲んだからといってやせるわけではない。人体実験で比較しても、腹囲がわずか1mmほど減ったという結果が出たということで、それをメーカーは根拠にしている。あるいは、コラーゲンが膝に効くと宣伝される商品もあるが、たんぱく質であるコラーゲンはアミノ酸に分解されて吸収されるので、それがピンポイントで膝に効くわけがないのは医者も認めていること。アメリカでは機能性表示食品というルールがあったが、日本はこれを昨年から採用し、食品メーカーは数兆円という市場規模で大儲けしている。事業者が儲かる仕組みができ、安全基準や効果・効能の問題が軽視されている状況にある。

検疫は「原則48時間以内」に


 検疫問題では、現在、日本に輸入されてくる食品は検疫に平均92時間かけているが、TPPでは、第5章「税関当局及び貿易円滑化」の条文で、「原則48時間で必ず入れなければならない(shall)」と書かれている。これには例外も認められると政府は説明しているが、TPPの条文が厳密に適用されれば、今でも検査員が400人ほどしかいないなか、検疫体制はますますおろそかになる。
イラスト/Super-kiki
 例えば、過去にトマトから残留農薬が発見された際、それが判明した時には全量消費済みで、4万人以上が食べてしまっていたケースが報告されている。以前は、ちゃんと検疫所に留置きして、市場に出ない措置が取られていたが、最近は状況が違う。政府はTPPが発効しても「大丈夫だ」と言うが、実態としてはグローバル企業に有利なルールが盛り込まれており、日本の食品安全委員会や農水省、厚労省は、むしろそうしたルールを利用している傾向があるといえる。

「透明性の確保」を楯に、企業や利害関係者が口出し


 このような懸念の根拠として、第7章「衛生植物検疫(SPS)措置」に書かれた「SPS委員会」の設置がある。ここには、「12か国の安全基準の専門家を集めた委員会を設置し、各国で基準を作る前に、SPS委員会でリスク分析に基づいて安全基準を作ろう」ということが書かれている。こうなれば、国の主権よりも、SPS委員会などを通して、特に事業者寄りの声が強くなってくる。「透明性の確保」という言葉も重視されており、事業者が様々な場面で関与し、安全基準を作る際に注文できるようになる。

また第7章では、狭い科学主義として「リスク分析」を前面に出して、予防原則を排除している。挙証責任は、輸入国や輸入国の消費者、市民団体に課せられ、厳しいルールを作ることは難しくなる。

「国際機関を尊重する」こととも書かれている。例えば、国際獣疫事務局(OIE)という、動物の疾病や人獣共通感染症についての国際機関があるが、OIEBSE対策基準は、ほぼアメリカの基準となっている。つまり、国際基準を重視するということは、「日本は基準が厳しすぎるのでアメリカ並みの国際基準を守れ」という理解になる。

国際食品規格などを作成するコーデックス委員会も、「消費者の健康の保護」という言葉も謳われているものの、「食品の公正な貿易の確保のため」という目的も掲げられ、事業者の声が大きく反映し、貿易促進を前面に出したルールが多い。遺伝子組み換え表示の義務化についても、欧米で対立しているため両論併記となっており、結論は出ておらず表示義務化の根拠となりえていない。

食品表示の厳格化は難しくなる


 食品表示については、第8章「貿易の技術的障害(TBT)」の中で具体的に取り決めがあり、企業はこれまで以上に関与できるようになる。例えば、遺伝子組み換え表示の義務化について考える際に、モンサントなど遺伝子組み換え推進企業が大きな影響力を行使することができるようになる。「透明性の確保」「貿易の円滑化」を重視することが明確に規定されており、様々な規格を作る際に、これまで以上に企業が関与できるようになる。食品表示だけでなく、工業製品など様々な基準も対象になる。

TBT委員会」も設置され、国が様々な基準を作る前に、12か国の専門家委員会、または作業グループを作り、利害関係者が関与できる。新しい表示ルールなどを作る時には、実施60日前に、相手国の事業者らが意見を述べる機会が与えられる。

「相互承認」のルールもあり、相手国の基準をお互いに認めようということが盛り込まれている。アメリカでは、バーモント州などで、遺伝子組み換え表示の義務化の動きが州レベルで起きているが、連邦政府レベルでは表示義務化されていない。アメリカと日本のルールが違う場合には、輸出国のルールを認めろという圧力がかかるだろう。

加工食品の原産地や添加物の表示にも暗雲


 現在、日本では、加工食品の原料・原産地表示の拡大が求められているが、暗雲が立ち込めている。自民党の小泉進次郎農林部会長が取りまとめるTPP対策では、「国産を振興しよう」ということで、原産地表示をやるべきだとしているが、うまくいくかは不明だ。「国産」と表示する形はとられても、私たちが知りたいのは、アメリカ産なのか、中国産なのか、といった「原産国を書けるのか?」という問題だ。結局、「大くくり表示」といわれる、「外国産」というような折衷案の表示になる可能性がある。

小麦はアメリカ、カナダ、オーストラリア産が集中しているので、3国の原産国を書けばいいのではと思うが、日本の製粉会社は書きたがらない。日本の大手食品メーカー、とくに醤油メーカーや油メーカーもそろって表示義務化に反対している。所管庁である消費者庁は、消費者団体の声を全く聞かないという困った状況になっている。消費者委員会というものもあり、私も4年間委員だったが、厳しい発言を続けていたために3期目は外された。国際的にもこうした消費者軽視の流れができていると感じる。

食品添加物についても、消費者団体は「何が入っているのか全て書いてほしい」と要求してきたが、第8章の附属書における、「包装された食品添加物」という項目の中で、「公開しない例外を認める」と書かれている。これはつまり、義務表示や任意表示をルール化する際、「食品添加物に何を使っているかは企業秘密であり、書かなくてもいいことにしましょう」ということが合意されているということだ。

このように、政府が言う「日本の安全基準は変わらない」「遺伝子組み換え表示が変わらない」というのは大嘘であり、TPP協定では、グローバル企業に有利なルールが作られているということを指摘したい。


TPPテキスト分析チームの連続学習会「TPP寺子屋」は、全6回(6/20(火)~7/26(火))開催中。ぜひご参加ください!

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